Topics

CSR的広告屋のつぶやき「Vol.31 CSRという名の、思考停止。」

2011年12月01日

【CSRという名の思考停止行動とは?】
 CSRがなぜ思考停止なのか。今回はそんなことを考察してみます。お断りしておきますが、とてもすばらしいCSRを進める企業もたくさんあります。それ以上に、「CSRに対して思考停止な人」がいるという事実から、考え直してみようというわけなのです。


 思考停止とは、ある事柄に対する判断を放棄し、既成の判断をそのまま受け入れる事、です。もしくはイメージだけで判断してしまうことです。環境広告の一部では、それが顕著ですね。エコといったら、エメラルドグリーンの色合い、環境といったら、淡いブルーの色合い、とか。一般的なイメージから広告のトーンを選び、クリエイティブとする。イメージは大切なのですが、企業の雰囲気・トーンもありますし、エコでも内容によっては別の色のほうがしっくりくるじゃないかということもあります。また、CSRは「何か社会にイイ事」というイメージしかなく、具体的な問題にフォーカスしきれず、大事な部分が見逃されてしまう、なんてこともあります。ですので、CSRの"負"の側面が語られることが少なかったりします。上場企業の場合は特に、負の側面については語りたがらないですよね。それが、いざ表に出てくると、ガバナンス、コンプライアンスの瞬間崩壊が起きるわけです。無視していた、改めて考えようとしなかったエネルギーがそこで爆発してしまうというわけです。暗黙知と思考停止ってかなり近い印象があり、俗に「空気」と呼ばれる雰囲気が思考停止を助長させているのかもしれません。


 これは、CSR関係者でもそうだと思いますが、持論にこだわるあまり、変化する本質を見逃してしまうことも多い。持論がない人もどうかと思いますが、自己顕示欲満点のコンサルタントもどうしよもないのかなと。


【善意だけではすべてを肯定できない】
 もしかしたら「社会を変える」というのは幻想なのかもしれません。東日本大震災の緊急支援でも、「善意だけではお腹を満たすことはできない」という趣旨の発言をする被災者の方もいました。大声で、社会を変えるぞ!と叫んでおいて、何年たっても、少しも変わらないことも多々あります。ある社会問題を解決しようと活動をしていたら、関連する新たな社会問題を生み出してしまう(加わってしまう)ことも。よかれと思い浅知恵でやった環境活動が、ストレートなグリーンウォッシュであったり。


 世の中、善意だけでもうまくいかないことがあります。CSRの負の側面も同様の例と言えるのかもしれません。人は、善意にはとかく肯定を持ち出し、寛容になる傾向があります。程度こそ差はあれ、寛容と称する思考停止があるのもまた事実。これらを解決するのが、CSRやソーシャルグッドのリテラシー教育だと考えており、少しずつ活動をしている所です。


【それでも、巡ってくる、未来】
 CSR活動の多くが思考停止であろうがなかろうが、明日はやってきます。社会問題が増えようが減ろうが、未来が現在になります。僕らはそんな中で、サスティナビリティをどう構築するのかという課題に対して何ができるのか。ゼロベース思考といいますか、「そもそもウチが定義するCSRとは何か?」「そもそもウチはCSRを何のためにするのか?」という問いを持ち続けることが必要なのかもしれません。

Topics ListArchives

Back to Top

Copyright © All Right Reserved & fubuki.inc